2018年10月15日月曜日

「辺境地域に移住させられた人々の足跡」 18/10/14

*18/10/14(日)の午後は・・・

*”鎮守府探訪講座”(埋蔵文化財センター)の4回目。

*「辺境地域に移住させられた人々の足跡」
-- 岩手南部地域と関東移民 --

*こういう題。

*”日本紀略”という書物によると
延暦21年(802年)に
胆沢城創建の工事のために、関東一円(信濃・上野・下野を含む)から、
4000人もの”浪人”が、胆江に移住してきた・・・という。

*様々な技術集団と共に農業をする(開墾をする)ものもいたのだろう。

*その人々が住み着いた場所の解説や、”常陸(ひたち)型甕(かめ)”と呼ばれる
”ろくろ”を使わない土器の説明が主だった・・・。

*発掘でわかった居住跡とか・・・。

*・・・に、しても、いつも思うのだが、”住居跡”が出ても、
生活の「匂い」が、感じられないのは、どうしてだろう・・?

*風呂に入っていたの?
どんなものを食べてたの?
トイレは、どこ?
墓はどこ?・・・とか。

*最近は、”トイレ考古学”があるらしいが、
”古人(いにしえびと)”を身近に感じられないのは、
今までの遺跡発掘調査とその説明会に、
あまりにも、「生活臭」が、抜けていたから・・・ではないのか?

*そんなことを、思い始めてきた。

*いろんな土器が展示してあったが、その一部をアップ。






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